2011年5月26日木曜日

モチベーションアップをターゲットにした能力開発、研修制度の事例研究

職場には、違った生い立ちを背負った人が集まっており、その数だけ運命脚本が職場に持ち込まれています。ヒトラーの事例は、個人のトリッキーな交流がダイレクトに反映された典型的な事例です。
同じ業種であっても、似ても似つかない企業文化が創造されるのは、リーダーをはじめとする個人の運命脚本が影響しています。日常業務での選択、判断、コミュニケーションはもちろん、能力開発や研修にも影響しています。

それにしても、みなさんもご承知のように、能力開発や研修は、それがゴールではありません。
能力開発や研修のゴールは、その成果がそれぞれの職務に反映された上で、自己実現に貢献することです。

それには、企業のニーズを叶えるだけでなく、対象となる人の成長と生涯に好ましい影響を公正に与えて仕事の成果に反映させるシステマチックな研修が必要です。言い変えると研修は、対象者個別の人をどう処遇していくかという課題の解決と密接にリンクしていて、やる気の源泉の一翼を担うに留まらず、経営戦略の重要な一部なのです。

特に「生涯」という考え方が企業の方向性を牽引するコンセプトになっていて、顧客との生涯取引を目指す同社にとって、従業員にも分かりやすい理念となっている。つまり生涯取引を実現するには、絶え間なく学習する組織であり、変化をポジティブに受け入れる組織でなければならず、そういう人の集団であることを意味する。

それには、自律、要するにセルフマネジメントできる人材が強く求められるが、課題は特に優秀な人材ではなく、ごく並みの人材や短期のアルバイターであっても、同じように求める点である。当然、難易度の高さが問題になるが、それを乗り越えようとする点が特徴的である。

参考事例
S社の研修制度

S社は、中国地方で、創業100 年を迎えた中小企業で、この10年の間に急成長している。
古い会社にありがちな新旧従業員が微妙に違った価値観で働いている。今後さらに飛躍するためには、価値観の均一化が課題になっていて、事業マインドを持った自律した人材の育成が飛躍の土台に欠かせないと考えている。

①人材育成の方向性

同社では規模の拡大にともない管理者となる人材の育成が急務で、次の課題を重点的に取り組んでいます。


  • 戦略形成能力、事業マインドを備えた人材の育成。
  • 販売力、顧客ロイヤリティの強化。
  • 現場の教育推進体制の整備、拡充。
  • 競争意識を呼び起こす風土づくり
  • ホスピタリティセンスの浸透。
  • 自己啓発を繁殖する風土づくり。
  • 能力開発、研修による人材育成



②教育体系の内容

教育体系の柱は、大きく分けて、外側の力、内側の力に大別している。外側の力とは他者から評価されるスキルのことで、地位、年収、専門知識など限定的な力のこと。一方、内側の力とは、他者に依存しない評価のことで、自身で自己評価ができるものであり、組織を離れても継続する人間的な資質のことである。

企業人としては、二つの力のバランスのとれた状態が必要であると認識されていて、それを支えるようにして、全社共通の教育、実務(職能)能力開発、人材育成、自己啓発促進の四つ柱で構成されている。

全社共通の教育は、TQC活動と教育を関連づけた内容になっていて、自律的な活動ができる人材育成と風土作りを目指している。その基盤に交流分析とライフスキル研修が導入されている。

TQCとは、総合的品質管理のための活動。他部署との関係性を考慮することから、組織全体の状況などを理解することにつながり、問題課題の解決への全社的な一体感の醸成や組織の強化に寄与する手法。

ライフスキル、交流分析は、そのバックアップの役割を果たしていて、これらがひとつになることで、自律的な活動が育まれる構造になっている。

ライフスキルは世界保健機構(WHO)が、健全で幸福な人生送る上で欠かせないスキルとして発表したもので、欧米ではハイスクールで学ぶのが一般的になっている。さらにスポーツをする目的にライフスキルの向上が普遍的な考えとして浸透している。交流分析はライフスキルを向上させる点で欠かせないスキルになっている。

交流分析は、もともとは精神分析家が心理的な問題を抱えた人の治療法として開発したものであるが、その中心的な技術であるPACコミュニケーションが、対人関係の円滑化、意欲増進に役立つとして、現在では多くの企業がマネジャー教育にとり入れている。

自律的な活動が生産性をあげるのは、ライフスキルの向上、つまり個人の内側にある自己効力感が自覚できるからであり、瞬発力としてのモチベーションアップではなく、継続性のあるモチベーションに大きく寄与している。逆に外側にある自己効力感は社内、その関連に限定された評価であるために限定的なため、時には不満の原因になりやすいととらえている。

階層別教育では、部長研修から新入社員教育にいたるまで、各層のニーズにマッチする内容になっている。さらに入社前教育が検討されている。

実務(職能)能力開発は、営業など前線部門と総務、経理など後方支援部門にわかれており、給与に連動した職能評価表に対応した実務教育が実施されている。
尚、同社では、成果プロセス主義を掲げているが、プロセスには教育、訓練も含まれており、結果としての成果にのみを追求していない。成果を出せるスキルを持った人材に育てるのは全社的な責任であると認識している。ある意味では一流の社会人に育て上げる意識が強い。その背景には百年企業の歴史の長所を抽出していこうとする意志が働いている。

人材育成は、目的とする成果が出せる有能な人材に育成するように、教育、職務を通じてキャリア形成を実施している。特に職務を通じての教育は、自律できる人材育成を目指す観点から一種のサークル活動のように自主的に施す風土を育むように奨励している。

また、能力アップを自律的に求める意欲を援助する目的で、自己啓発を各面にわたって促進している。

経営上、重要な地位を占め、業績を左右する管理職研修のうち部長研修では、
①自社の現況、経営方針、経営戦略の理解
②社内の言葉の再定義づけによる価値観の統一化
マネジメントスキルの向上
④業績向上システムの定着
以上を中心的なターゲットにして実施されている。

さて、以上の研修を通して注目されるのが、やはりライフスキル、交流分析である。
同社では、このような教育を実施することによって、経営に対する理解、関心が深まり、部下に対する指導力が増したと評価している。社内外を問わず人間関係の改善が顕著で、モチベーション、マーケティング・マインドが変わったなどの点をあげている。その効果は家庭にも及び、思わぬ福利厚生的な効果もあったと評価している。

今後は、一層、部課長のマネジメントスキル、事業マインドの向上を図りたいとしている。

同社はOJTが柱と考えているが、その主旨に則って、単なる部門別、階層別の知識の詰め込みではなく、それぞれの教育が、事業コンセプトを実現する因果要因のひとつと捉えて、体感、体験によって、事業の物語と物事を理解する方法を貪欲にとり入れたいとしている。(下図参照)物語の骨格である全社的な事業コンセプトは、冒頭にあげた「生涯取引」である。